地球語で自分探し「息の仕方」


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1、呼気・吸気
2、肺を動かすメカニズム
3、吸気を音声器官で調節
4、呼気を音声器官で調節
5、身体を調整するさまざまな呼吸
6、息のイメージ
7、息と意識

1、呼気・吸気
in-ex-spiration : 吸気、: 呼気

動物は呼吸して生きている。
古代の人々もそのことを把握していた。というか、現代人は多忙にかまけて息していることを忘れがちなのに比べ、彼らはむしろ強く息を意識していただろう。日本人は息するものをイキモノといい、英語民の祖先もanima(ラテン語で「呼吸」)する「もの」をanimalと呼んでいることなどからもそれは想像できる。どの時代人にとっても、息をしているか、どんな息をしているかは、イキモノの生死や心身の状態を知る大きな手がかりであることにかわりない。

息は、呼気と吸気が順繰りして成り立つ。
息の重要性については人類共通だが、呼気・吸気のイメージは違う場合もある。日本では、赤ん坊がオギャーと叫んで呼気から人生をスタートし、死んだ人は最後の息を吐かなくなり、「息を引き取る」と考えた。自然は循環するのを捉えていた日本人の祖先は、最後に引き取った息はあの世で保たれ、次に生まれるときオギャーと出されて循環するとイメージしたのかもしれない。「気を吐く」は、元気溢れる状態をいう。

神が土くれからアダムを造り、息を吹きいれて生かしたと記す聖書に基づく文化圏ではこれが逆。spirare (ラテン語動詞、息する)の変化として exをかぶせた exspirare ( 英語expire:息を出してしまうが原義)が「死ぬ」の意味、 in をかぶせたinspirare (英語 inspire:吸気)が元気付ける意味で、日本語のイメージからは反対だ。

意識的に深呼吸するとき、もし自分に背景文化のイメージが刷り込まれているなら、逆らわず、そのイメージを生かして呼吸すれば、より自然に自分を鎮め元気を取りもどす効果をあげられるだろう。

吸気は、身体中の細胞を活性化するため、空気中の酸素を取り込み、呼気は、活きた結果生じる二酸化炭素を回収して外に出す。身体が必要とする酸素の量は、身体の運動量や寒暖などの外部環境、熱の有無や食後の時間など体内部の状態、そして感情などによって異なる。延髄を中心とする自律神経系が、そんな状況に合わせて呼吸や心拍のリズムを本能的にコントロールしている。意識しなくても眠っていても、生体内部の環境が維持され生きていられるのは、そのしくみのお蔭だ。

しかし、私たちヒトの呼吸は、意識によってコントロールすることもできる。本脳に任せきりでは感情が舞い上がってしまいそうなとき、痛みに耐えるとき、落胆のとき、落ち着かないとき、眠れないとき、大きな呼吸に意識を集め、意志によってリズムをゆったり整えることで、心拍数や血圧も整え、感情を鎮めるのを助けられる。また、積極的に呼吸で体内の快状態を呼び戻す、あえて一時的に酸素過多によるめまいを起こしたり息を止めるなどしてトランス状態を招く、他とともに音声や動作を伴う息を合わせて快の連鎖を招くなど、意識的な呼吸は、さまざまに心身を操る可能性をもつ。

地球語は要素を組んでさまざまにイメージを持たせるシステムをもつが、身体の働きや心とのつながりも、部分的な動き・働きが組み合わさって起きる。伝統的な気功や瞑想法を習う通り忠実に実行しても効果はあるだろうが、呼吸のメカニズムのチェックポイントを心得ていると、自分の身体の声を聴き、折に応じて自分にあった調整がしやすくなる。また、自分の身体の中の無限の可能性に気づいて新しい世界を知る感動を得るかもしれない。地球語の記号を使いながら呼吸をめぐる基本的なしくみの表現に挑戦してみた。

2、肺を動かすメカニズム

呼吸をする肺は、筋肉をもたないのでそれ自体だけでは動かない。肺を包んでいる胸腔の壁となっている肋骨および肋骨をつなぐ筋肉と、下に位置する横隔膜の動きで内部の体積を変化させて吸気・呼気を行っている。実際には肺を包む形だが、仮に手前を胸として直方体に図形化すると、図のように4つの基本的な呼吸法があることになる。胴体は左右にも曲げられので、基本の組み合わせや、左右の傾きで左右非対称に体の筋肉や内臓を刺激しながら、さまざまに呼吸することもできる。ふだんどんな呼吸をしているか、どんなふうに呼吸すると今の自分に気持ちよいか、いろいろ試してみよう。

in-ex-spiration

1、 :横隔膜の上下による腹式呼吸
胸や肩を動かすことなく、お腹の前に手を当てながらお腹を前にふくらましたり引っ込めたりしてみよう。お腹を膨らますと、横隔膜が下がって肺が膨らんで息を吸え、引っ込めると横隔膜が押し上げられて息が出て行くのがわかる。
:{ 胴体{生命体×縦長丸な部分}× 前側}の意味組み合わせで「腹」)

2、 :胸式呼吸
お腹の前に当てた手でお腹が動かないのを確かめながら、胸をそらしたりゆるめたりしてみよう。胸の筋肉の伸縮によっても呼吸ができるのがわかる。
:{ 胴体×両側に点がある部分}の組み合わせで「胸」)

3、 :背中呼吸
同様にして、今度は背中を丸めたり元に戻したりしてみよう。丸めるとき頭も連れて少し前屈するが、このとき息が入り込む。背中の筋肉の伸縮による呼吸だ。
:1と反対の{ 胴体×後ろ側}で「背中」)

4、 :肩呼吸
片手をお腹、もう一方を胸に当て、前に動かないのを確かめながら肩をゆっくり上下させてみよう。肩を上げ下げするだけでも呼吸ができることがわかる。
:「肩」の象形、また{「胴体」の構成要素記号×(上で) 力}の組み合わせ。*胴体関係のシンボルについては、字典69の下の方参照)

肺は柔軟なので、これらの筋肉運動は息を止めたままでもできるが、運動に沿うと、自然に呼吸できる。実際には、これらをさまざまに組み合わせて呼吸している場合が多いが、ここでは、呼吸筋のメカニズムを体で知るために4つに分けた。

あえてこの1から4の呼吸をゆっくり繰り返し試して、それぞれのとき内臓のどこがどう感じるか、頭や足先の感覚にどうひびくかつかんでおこう。そして、後の項も参考にしながら、頭・腕・脚・胴体全体のどのような動きがどの呼吸と連携するか、いろいろ試してみよう。大きな呼吸を速くすると酸素過多で気分が悪くなることがあるので、ゆっくりと筋肉を動かしてゆっくり呼吸しよう。それには、音声器官も役立てると調節しやすくなる。

3、吸気を音声器官で調節

肺へ、または肺からの気流の量と速さは、音声器官で調節できる。呼吸を一時止めるときも、音声器官のどこかで気流を遮断する。空気をゆっくりと吸い入れるには、気道の開きを抑制する必要がある。空気の取り込みは、鼻か口かのどちらかだ。全力疾走の直後や水泳時など、急激な酸素補給や肺に水を送らないために、口や口鼻両方から一度に大きな体積の空気を吸うことがある。けれど口から息を吸うと口内が乾燥して長続きしないので、吸気はふつう鼻孔を入り口とする。

鼻から入る空気の量を抑制するには、ふつうは2つの方法に頼っている。
ひとつは、前舌を硬口蓋にあてて口を軽く閉じ、鼻腔・咽頭は開いたまま声門(のど笛のある門)を狭める方法。説明はむつかしそうだが、鼻でフーンというときの感じの開きで、声を立てない吸気だ。ふつうにゆっくり吸うとたいがい自然にこうなり、自分にしか聞き取れない程度の呼吸音を伴いながら気流を抑制できる。毛筆を使ったり細い直線や円を描くなど、微妙なコントロールを要する動きのとき、無意識に腹式呼吸と組み合わせながらこの呼吸+声門閉鎖で息を止めるのを組み合わせているのではないだろうか。けれど、息を吸いながら声門を狭めすぎると声が出てしまうし、声帯への刺激が強いので、この方法で超スローの吸気はむつかしい。

発音の仕方をビジュアルに示す地球語の表音記号は、同時に働かせる音声器官や気流システムの記号を重ね合わせて表すので、鼻からのこの吸気も単純な1文字で表現できる。{ }内は記号の構成要素の説明:
(肺に向かう)逆気流、無声、 鼻音、長く伸ばす}
は鼻音の表音記号だが、 (逆気流)、つまり鼻から息を吸い込み、声音は立てない 長い状態を表現している。

もうひとつは、鼻腔を狭める方法
「k」を発音するときのように舌を奥に引き、軟口蓋にあてて口からの空気を遮断しながら鼻呼吸すると、鼻腔がやや狭まってゆっくりの呼吸になる。このとき、舌の根の引き上げかたを加減して、無音でスムーズに⇒軽い寝息のような摩擦無声音とともに⇒いびきに近い摩擦音を伴ってなどと、吸気の量を調節できる。さらに舌の根を上げると鼻腔は閉じて息が止められる。太極拳ではよく、舌を口の奥の天井にあてよと指導されるが、なぜかの説明を聞いたことはない。こうすると口が引き締まることに加え、喉を痛めることなく気流の微調整が自由にできるからだと私は思う。

:{ (肺に向かう)逆気流、軟口蓋を奥舌で閉じる、 摩擦、無声音、 鼻音、のばす}
軟口蓋を舌の奥で閉じながら鼻腔を狭めた吸気を表している。
鼻腔の狭めをやや緩めた、またはきつくした場合は次のように示す:
:{ (ゆるめ)}
:{ ,(摩擦を)(激しく)}
こんなふうに鼻腔で吸気を整えながら、のどに手を当ててみよう。
のどぼとけが上にあがっているね。それを憶えておこう。

さらにゆっくり長い吸気であるとを示すには、長さを示す を後にも加える。(の数が多いほど長い):
これら吸気記号を他の表意の文中で使う場合には、表音部分を表音括弧 の中に挿入して表意文字と区別する。
鼻吸気からのストップは、(鼻腔閉鎖)でもいいが、単純に (声帯の閉鎖)と組んでもいい。

鼻からの吸気を抑制する方法は他にも考えられる。咽頭を狭める方法だ。
唇を閉じて口からの気流を閉鎖し、鼻から息を吸い込みながら舌を奥に引いて
舌の根を下方に引っ込めると、咽頭は狭まる。
やはり舌の根の引き下げ加減によって摩擦の程度が変化し、吸い込む空気の量を調節できる。
しかし、この方法は、唇を閉じたままあごを開く不自然さがあるので、
不自然さで脅しをかけるようなときにしか実用的ではないだろう。
仰向けになって眠るときには顎が開き、この方法で吸気することがある。

:{ 肺に向かう)逆気流、無声音、 咽頭摩擦、鼻音、 のばす}
この記号にも(ゆるめ)または (激しく)を重ねて摩擦の弱・強を表示できる:

可能性からいえば、音声を発しながら息を吸うこともあり得る。驚いたときに吸気とともに「ア」と発声することがある。しゃっくりでも、無意識に吸気で声を立ててしまう。逆気流での音声は不自然で特殊、ふつうの暮らしの中では瞬間的でしかない。しかし、呼気の音声と吸気音声を音声器官もフル活用させながら速いリズムで交互に出すと、息つぎ休みなしで、弦楽器をパーカッションとして使うような面白い効果の「一人演奏」も可能だ。次項の音声器官の多様な調音を参考に、好みのリズムやメロディーに合わせてお試しあれ。私たちの身体が際限なく可能性のひろがる楽器でもあることに気づいて、きっと驚かれると想う。


4、呼気を音声器官で調節

声門の開き方、舌の根元または後部と鼻腔・咽頭・口蓋垂・軟口蓋などの間での気流の調整、硬口蓋・後部歯茎・歯茎・歯などと前舌の間での調整、上前歯と下唇の間、両唇での調整、またこれらの複数の組み合わせなど、呼気は、あらゆる音声器官を使って限りなく多様に調整できる。

語る・歌う・ハミングする・呼びかける・叫ぶ・悲鳴をあげる・ため息つく・・・こんなふうに音声を伴う呼気も、日常生活で頻繁にみられる。ところがヒトはそれぞれの言語の中で音声を整理しているので、なじみのない発音器官の働きは捉えにくい。有声・無声にかかわらずすべての呼気調節にかかわる音声器官のしくみの可能性を心得ておけば、自身の体内への呼びかけや鎮めにあたって視界がひろがるだろう。

次は、主な子音の発し方を、発音器官に対応させた図である。はじめて見ると複雑怪奇かもしれないが、基本の記号は使用する発音器官の象形を単純化したものだ。表音のページにざっと目を通すとすぐ頭に入るだろう。複雑な音素は同時に働かせる記号を重ねて表示するので、多くが重ね記号として表示されている。この図では、{伸ばした、曲げた、奥に引っ込めた}の3種の舌を色違いで重ねて1図でまとめているが、実際にはこれらの舌の動きにつれて喉部分も変化し、舌の形ももっと多様に変化する。ここでは便宜上簡略化している点にご注意の上、 表音ページの解説を参考にお試しただきたい。

organs

これらの記号をさらに重ね合わせる、強弱・高低・舌の形の変化・有声化・無声化・のばし・スタッカートなどの記号を補う、また、次に母音をおく、などでさらにさまざまな音声や呼気の違いを表す。絵を描く横に無限の色数の絵の具箱を備えた気分で、無限の種類の呼気の可能性をながめながらいろいろ試すと、自分の体の可能性のひろがりにはじめて気づくことがあるだろう。

歌手が歌うとき大きな口を開け、舌位置を通常の会話時にくらべて奥に引いているのは、口腔の空間をひろげて音響効果を上げているからだ。また、一息に大量の空気を取り込んで繊細な呼気調節を長く持続するために、腹式呼吸を使い、身体を楽器としてうまく使いこなしている。繊細な調節には、イメージの働きが大事だが、まずは音声と呼吸の物理的な身体の鍛錬がものをいう。ユーカリの長い枝の芯をシロアリに喰わせて筒にしたオーストラリア先住民の楽器 ディジュリドゥは、両唇を継続的に摩擦振動させながらあらゆる音声器官を絶妙に組み、無声・有声の呼気によってさまざまな音色を奏でる。鼻から息を吸う間にも、軟口蓋を閉じて口中に溜めた空気を、狭めた両唇の間から吹き出して音を出すので、長時間休みなく鳴りつづける。ヒマラヤ周辺の 喉歌も、ふだん使わない子音の複雑な組み合わせで、1人で同時に異なる音程をハモらせる楽器のような異質な声を響かせ、人の音声とは信じられないような音を発する。これらは、息のアートといえるだろう。こんな希少アーティストたちは、耳を頼りに自分の身体と息の使い方を究めたのだろうが、地球語表音記号を使えば、発音のしくみがわかって、他の人も後を追いやすいと思う。試しに でやってみると、音楽的とはいえないが私にも少しできた。


5、身体を調整するさまざまな呼吸

静かな瞑想中には、主に腹式呼吸をして、呼気吸気とも鼻腔や咽頭は開いたまま、声門の狭め方、摩擦の多少で気流の速さを調節するがふつうだ。:

意識的なゆっくり無声の呼気吸気の間には、このように声門を一時閉じて息を止めることもよくある。ヒンドゥー系インドの、また仏教系チベットその他の瞑想では、最初指で小鼻を片方ずつ押さえて深呼吸し、どちらの鼻腔のとおりもよくしてから開始することが多い。

仏教以前の古代チベットから伝わる気功、Asanaro が著した“Seamm Jasani ”では、
(鼻腔を狭め摩擦させる吸気)・ ストップ・
(唇を丸く開け、喉仏を引き下げ口腔を狭めて摩擦させる無声長音)、
または の口中の開きをア音に近くひろげた、無声の口腔摩擦長音)の呼気
の組み合わせをとるが、このアルファベット表示に [nnnzzz…hhhaaa]と無理している。そしてこの呼吸に声は伴わないが、数メートルはなれていても聞こえるほどの摩擦音を出すように指導している。この気功の動きには、前屈や上にストレッチ、前に押すなどのときに吸気する場合が多くあり、腹式だけでなく肩・背・胸の肺の周りすべての筋肉を使うパワフルな呼吸法だ。海抜が高く、寒いチベットの洞窟で鍛え生き延びるために伝わってきたからだろうか。エンパワメントが目的の場合には、私も気に入っている。

元空手世界チャンピオンで、外気によるヒーリングを指導する新倉勝美さんのレッスンに一度参加したことがある。彼の吸気は無音に近いが、気の力を他の対象に向ける呼気は強烈な摩擦無声音だ。
[sssss….] または、 (sの舌を少しだけ引っ込めた摩擦長音)
まともにこのパワフルな外気を向けられたとき、私などは思わずぶっ飛んでしまった。触れもせず闘いに使えるこの外気の力を、彼は現代医学に見放された病気治療に使って効果をあげているという。

有声音の呼気を使う気功もある。
津村喬さんは「健気気功」の中で、特定の中国文字の読みを発音しながらゆっくり長く息を吐いて内臓を整える中国の伝統気功を紹介しておられる。 六字訣といい、6種類の音節の長音を発することでそれぞれに対応する五臓六腑を刺激、活性化する。また、それぞれに対応する全身の動きも合わせて、より効果を上げるという方法だ。
(具体的な発音をここで紹介する許可を現在出願中です。しばらくお待ちください。)

チャクラごとに異なる母音と音程の組み合わせで、全身のチャクラを下から順に意識しながら音声でふるわせ、刺激する瞑想法もある。トップチャクラでは、天上に駆け上がるように と、細い高音。そしてまた音声を発しながら下に降り、全身を清め活性化する。

読経や賛美歌、そして童謡や民謡やヒップホップでも、歌うことで心身を鎮め、活性化することはできる。多様な発音の呼吸は多様な器官と筋肉を働かせ、リズム・音程を伴う声の波長や波形の違いごとに、共鳴させやすい身体の部位があるのかもしれない。唱えることばのイメージが脳に作用する場合ももちろんあるだろうが、音声そのものが感覚をなで、身体に入る。自分で声を出さずに、聴くだけでも共鳴する。そして、どの場合も、初めて試みるときよりも。呼吸法や唱えや歌と自分が十分になじむにしたがって、効果が大きくなる。

発声のしくみや音と感覚のつながりを科学的に調べると面白いかもしれない。けれど肝腎なのは、分析よりも総合。「身体は、美しいふるえから快を感じる楽器」 なのだと私は思う。身体は生きてふるえたがっている。その振動が宇宙の果てにつながるようなふるえを求めて息をしている。宇宙までとはいわず、隣の人と波動がつながるだけでもうれしい。それぞれ顔がちがうように、身体という楽器も一つ一つに個性と経歴を持つが、違いを超えて響き合うと快く、体内の循環もよくなる。中が詰まっていたり、重しをのせられた楽器は響かない。呼吸法や瞑想法は無数にあり、先人の発見の積み上げを学ぶのはすばらしいが、そのどれかの奴隷となることはない。まずは鳴らしたり叩いたりしながら、楽器としての自分の身体の感性に正直にまっすぐ耳澄ますことが大切だろう。


6、息のイメージ

はぁはぁと肩呼吸、弱い息、あくび、ため息、笑い声、泣き声・・・相手が見知らぬ外国人でも、有声・無声で発する息 から身体の調子や感情が共通にわかることは多い。犬やネコでさえ、息の仕方と表情から快・不快の察しはつく。

動物の場合には、その場の対応としてしか感情は出ないが、ヒトの場合は、過去の体験を思い出したり、記憶を組み合わせてイメージし、怒りや恨みをつのらせることもあれば、気分転換を図ることもできる。心でイメージすると、その状態のときの息を呼ぶ。だから恐怖や暗い狭いイメージに自らを閉じ込めていると、息が細り、身体も不健康になる。悪条件に囲まれても、光を探して感謝のイメージを抱けば、安らかな息が身体も整えてくれる。 アフリカ系アメリカ人たちは、奴隷を強いられた苦難の時代のなかでも、ジョークや音楽で笑いと快のイメージを呼び寄せて逆境を生き延びることができた。

音声を伴う息で構成することばもイメージを呼び寄せるが、これは異文化間で共通ではない場合がほとんどだ。音声学に関心の深い欧米人と、音声のイメージについて話し合ってみたとき、「グァ(ー)」や「ガ(ー)」から脅しの感じ、「ブ」からは不平などが溜まった、あるいはもれる感じ、「キ」は鋭いなど 共感を呼んだ音節もあった。猛獣の声、膨れっ面から出る音、ガラスを引っかく音などの体験が共通イメージを覚まさせるためかもしれない。

18世紀末〜19世紀はじめの日本には、大石凝真素美・山口志道・中村孝道など多くの近世言霊学者が現れた。彼らは、日本語の音声の各音節自体に元からの真の意味がこもっていて、古代の神話などは、音節ごとの言霊の解釈を組めば真の意味を理解できると考えた。また20世紀はじめ、 ルドルフ・シュタイナーは、アルファベットが示す各音素は、音声器官の働き方にかかわって元々のイメージを持っていたと考え、オイリュトミー芸術を唱えた。

これらを比べると、ことばの中の音声とイメージの、元からの共通性はあまり期待できない。サという一音節と、Sと母音のアに分けるのとでは、イメージが同じとはいえない。現在の赤ん坊もそうだが、原始のヒトは、現代人のような 音声器官をまだ備えてはいなかった。だからヒトの祖先が1つのことばを使い始めたころの音声は、現代人には出せない響きの可能性も大きい。無限に変化が可能な音声のどこで区切りをつけて 基準にするかも、言語ごとに異なる。民族が多様化した今日、人類をひとからげにして、音声(音声器官の働かせ方)ごとに特定のイメージに結びつくと断言するには無理があると私は思う。環境や歴史がちがう中での体験が、身体を反応させる音声をも多様化したと考える。

ということは、あるイメージを呼びたいときに特定の音声を出すよう繰り返し習慣付けると、自動的に音声でそのイメージに浸れるようになる。日本山妙法寺の尼僧、安田純さんは、うちわ太鼓をたたくリズムにあわせて「南無妙法蓮華経」を唱えながら1日20〜30km歩いて、アメリカ大陸を何度も横断縦断されている。長年の修行によって、この唱え事と浄化イメージが結びついて彼女を清め、やすらぎで包むので疲れにくいのだ。彼女から修行したスエーデン人の尼さんも、母語ではない同じ唱え事で元気に歩く。

宗教的な唱え事は、精神の集中と体験の積み重ねによってこのように単純に効果を上げる。ことばの意味内容よりも響きが、求める心の状態に自動的に連れてゆく。何かしくじったときによく言われる英語の”Bless me”を「しまった!」などと今では訳すが、日本の昔の「鶴亀鶴亀」と同様に、元は清め・お祓いのお呪いことばで、厄除けのため神のご加護を願う習慣として伝わりつづけたのだろう。心の安定のために習慣化して働く音声があるなら、無理に変えないで上手に心の調整に利用すればいい。世代を通じて刷り込まれたイメージを変える強制をしても、抵抗が起き、効果はあがりにくい。

現代は、職場やメディアを通じて恐怖のイメージが毎日のように刷り込まれる。恐怖は、息を浅くせかせかさせ、不健康にする。働く場には、息をひろげようと身体を動かすチャンスも見つけにくい。食べる欲求で心を満たして不満解消しようと不必要なカロリーまで溜めこんで、カウンセリングや医療に頼る暮らしとなる人々が増えつづけた。イメージと息は、個人の身体に密着し、各個人が管理できるものであることを忘れてはならない。恐怖イメージを克服する知恵を出し合い、いい息でつながりあいたい。

7、息と意識

チベット仏教のメディテーションでは、「心を息に乗せて体内の宇宙をめぐる」イメージをもてと説いている*。物理的には上記のようなメカニズムのどれかを組み合わせて、私たちはふだんは意識することもなく息する場合が多いが、息とともに意識を身体の隅々までめぐらせよといっている。意識が通うことで、体内世界のひろさ、無限につながるしくみの尊さへの感謝が涌き、喜びとともに身体が元から授かった気力、元気に満たされるということだろう。
(*“The Practice of Tibetan Meditation” by Lama Dagsay Tulku)

荘子は、「真人の息は踵を以ってし、衆人の息は喉を以ってす」と説いている。頭の先だけの考えで生きる人、手足で働く人、全身の器官や細胞まで働かせて感じ考える人では、同じように一筆で円を描いても大きさがちがって見える。また、ただ座っているだけでも人の内的な大きさは外に表れる。それは息と意識との体内外の関わりの深さによるのだと、うまく表現している。尤も、踵より土フマズや手ノヒラのほうが大地や大気と快の波動がつながりやすいと私の場合には感じるけれども。

武道や毛筆を使うアートなど、精神の集中と動きの正確さを要するとき、腹式呼吸を意識し、身体の重心の丹田から全身の細胞とともに動かすような気持ちでやると、自分の力を超えて、自然の力が手伝うように感じられる。力仕事や手仕事をするとき、手や腕だけにいくら力をこめてもうまく行かないのが、腰を据え、地球の力が自分を手伝ってくれている意識とともに動けば予想外の力が出る。息として入り込んだ大自然が内なる世界を満たし、力を溢れ出させる。地球はいつも、そこに生きるいのちたちを受ける力を働かせているのだ。 身体の筋肉の力に地球の力の助けが加わるとき、可能性が大きく開く。呼吸は、この地球とのつながり意識を全身に運ぶ。このしくみを積極的に使おうとすれば、歩き、登り、担ぎ、掃除し、庭仕事するなどあらゆる肉体労働から苦痛を減らし、楽しくできるようになる。ヒトはそうやって何百万年を生き延びられたにちがいない。

力を抜きたい場合にも、息に意識を集めて身体中をめぐりほぐすといい。ゆったりと安らかな息が整うと、理屈を考える左脳が休み、身体がリラックスする。眠れない場合も、息に意識を集めることで考えごとから解放され、やがて眠れる。そうすれば眠れると信じるのも鍵だろう。私は、12時を過ぎてから床につくと、寝不足でも朝方まで眠れない時期を体験した。母や姉もそうだったので遺伝的不眠症との思い込みに囚われていたようだ。その思い込みを別のイメージと取り替えた。地球語で (喜び)は、{(心)が (開きエネジーがひろがる状態)}と表現するが、その心を(受け入れ、受けとめる)のが (感謝)。生きて息をしている感謝を意識し身体中に満たすと、その波動は外界と果てしなくつながって身体がほどけてゆく。カフェインや興奮で眠れない場合でも、そのようなやすらぎのなかに横たわると、眠ったと同然に朝からまた働くことができ、不眠症とは思わなくなった。

痛みや故障の個所に手をかざす「手当て」は、世界中で行われてきた。痛む場所を的に、手のひらから意識をのせた息の光の波動を注ぐ。自分でやっても他にやってもらっても、受け入れる意識を働かせればなんとなく温かみを感じ、痛みがゆるむ。身体は自分でホルモンを調節し、免疫を働かせ、治癒するように元々できている。その活動が進むよう意識的な息で手伝えるのだ。痛みの初期に自己治癒能力を発揮させず無理を続けたり、自己治癒能力を壊すような薬物に頼って、大きな医療が必要な目にあう体験を私自身も経てきた。元気なときから、息によって自分の身体の声に耳澄まし、身体を調整する習慣をつけ、そのバランスを上手に保ちたい。

ただ、現代は、息として体内に運び入れる大気が汚れている。恐れや怒りが耐えない社会的な大きな問題もある。リラックスしながら緊張もして立ち向かわねばならない。

次章では、身体の動きについて、そして地球語のシンボルを利用し、イメージと動きや息の結びを楽しみながら身体の快を誘い出す方法について述べる。

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